国連の調査団はお断り ~ミャンマーで取り残される人々~

 

ミャンマーにおける少数派の問題です。

この記事はニューヨークタイムズの記事を参考にしています。 

 

 

 

 

 

 

ミャンマーは仏教が優勢の同国における近日のムズリムへの暴行に対する国連3か国からの調査団へのビザの交付を拒むと発表した。

「彼らが派遣する実情調査団こちらは受け入れる理由はない」とウー・チョー・ミン外務省長官は述べる。彼らは上記の調査官だけでなく彼らの部下のビザも発行しないとした。

これによりノーベル平和賞の受賞者であり実質的な指導者アン・サン・スー・チン氏へ非難が権利団体から起こった。権利団体は軍人や保安要員からのムズリム最大少数派のロヒンギャに対する暴行を免刑したと主張している。

 

暴力はロヒンギャ戦闘員が昨年10月に9人の警察官を死体で残した対ゲリラ計画であるとしている。多くの支持を集める戦闘団のハラカ・アルヤキンはパキスタンやサウジアラビアと手を結び襲撃を指揮する。

 

しかし、人権主張者は対ゲリラ計画の厳しい仕打ちとその規模は「脅し」をはるかに超えるものであるとしている。大多数の犠牲者はロヒンギャの一般市民なのである。

 国連は2月の報告で警官と軍人が数百人の市民を殺害し、女性や少女を輪姦(複数の男性たちで一人の女性を強姦)し、9万人のロヒンギャを自宅からの引きずりだした。

3月には国連人権委員会はこの問題、とりわけラキン州の問題解決のために事実調査団を派遣するとしていた。59の市民団体が協力要請を受けていた。

 

アン・サン・スー・チン氏の行政職員はこれを当初拒んだ。

5月のブリュッセルへの訪問の際「私たちは解決とは関係ない。解決策はそこで実際に起こったことを踏まえていない考えている。」とアン・サン・スー・チン氏は述べる。

 

軍の統治下では「皆が民主的権利のため、自由のために戦った」と活動家と行動を共にし、11年投獄された、現アン・サン・スー・チン氏の国民民主連盟の職員であるキン・ザー・ウィン氏は述べる。「しかし、今や国民民主連盟は上手く勝っているよ。投票数で勝っているのだから。」

 

 

2012年には多数の宗派がラキン州で暴行にあった。多数の死体が放置され、10万人のロヒンギャが家から難民キャンプへと追いやられた。国連によると過去5年で16万8千人のロヒンギャが暴力と絶望によりミャンマーを追われた。

 

シットゥエ市のロヒンギャの活動家ウー・アウン・ウィンは2012年の暴行事件で希望を失ってから状況は全く改善されていないとしている。「まるで鳥かごの中鳥のようだ」と彼は述べる。

 

 

 

参考

Myanmar Vows to Block U.N. Investigators From Entering - The New York Times

 

 

 

 

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